5月26日の月曜はメモリアルデーという祝日であった。私は少し用事があったのでオフィスに顔を出し、嫁さんはママ友の誘いでレドンドビーチに行ってきた。
Memorial Dayとは、国のために戦って命を落とした人を追悼する日ということで、墓地には花が絶えない日だそうだ。2,3日前に見たLAタイムズの表紙に、イラクで亡くなった兵士の棺を乗せた馬車を見送る少年少女の写真が写っていたが、この日を意識してのもののようだ。
今夜、何気なくTVでMLB"Los Angeles Angels VS Dertoit Tigers"を観ていたら、7回裏の攻撃まえのお馴染み"Take me out to the Ball Game"に替わって、正装した軍人(将校?)らしき人の斉唱による歌が流れた。聞きなれた米国国歌じゃなかったけど、たぶんそれに準ずる歌だと思う。みんな起立して手を胸に当てて口ずさむその姿に、私は非常に心打たれた。こういうことが普通に行われる国をうらやましく思う。
そう、普通なのである。アメリカにおいては国外の秩序を軍隊、国内の秩序を警察や消防などが守っていて(注:米軍が世界秩序を守りえる存在であるかの是非は別にして)、市民から尊敬を得ている。その名誉はいかなる報酬に倍するように見受けられる。Military(軍事関係者)は街のいろんなところで商品やサービスの割引があり、Policeの車が駐車禁止のところに平然と駐車してバーガーショップで昼食を摂っていても誰一人文句を言わない。彼らの存在が平和を保障する要素であることを、みんなしっかりと教育されて、しかと意識しているからに他ならないのである。
振り返って日本ではどうだろうか。
君が代や日の丸を嫌悪して卒業式などの場を乱す教師(および支援団体とマスコミ)が後を絶たない。公立学校なのだから国のお金でお給料をもらっているのにね。国が嫌いなら、公立学校なんか辞めて、国の権威の及ばないところ(公海上とか)で、勝手に教師やってりゃいいのにね。
メモリアルデーの夜更けに、私はそんなことを考えていた。
あ、ちなみに野球は延長12回裏のサヨナラ押し出しでLAエンジェルスが勝ちました(1−0)。
5月24日(土)、妻子を連れてMLSサッカー”LA Galaxy”対”Kansas City Wizards”(7:30PT、@Home Depot Center)を観戦。
試合は前半40分にKansasのクラウディオロペスという選手が巧みなフェイントからシュートを決めて先制・・・ってもしかしてと思ってさっき調べてみたらあの元アルゼンチン代表でバティと2トップ組んでいて、バレンシアやラツィオにいたあのロペスじゃないですか!!もう33歳だって。へえー、道理で上手いはずだ。
後半になってからは一方的にLAが攻める。ベッカムがテンポ良く散らすボールに前線の選手が走りこんで中央をサイドを切り裂く。ベッカムのパスに走りこんだドノヴァンが倒されて得たPKを自ら決めて1−1(54分)。さらにドノヴァンのスルーパスをバドルという選手が流し込んで2−1(74分)、これで一気にヒートアップ。最後に逃げ切りかというロスタイム、KansasのGKがCKのチャンスに上がったところ(ここはGKは上がるなよー)に逆襲。CKのこぼれだまを拾ったベッカムが無人のゴールに超ロングシュートを放って駄目押しの3−1(後半LT)。最後は絵に書いたような筋書きでスーパースターがゴールを決めるという展開。なんだかなあ、といったところ。
�ベッカム様
まずは、3年ぶり(前回はマドリードで)に見たベッカム評から。この人はあんまり好きじゃないけど、やはりキックの技術は素人目にも抜群!短距離中距離にどんどんパスが出るし、その信頼性ゆえに前線の選手も活発にフリーランニングを繰り返していた。同時に驚いたのは、この人のスタミナ。消耗を恐れずにどんどん守備をするし、自分が奪われたボールへのチェイスは特に早い。これは単なるスターではない。(それゆえに相手の選手の狙い撃ちともいうべき激しいマークに激昂するシーンも。)サッカー雑誌風に評価すると、10点満点で7.5。
�「LAのエース」
Galaxyのエースといえば、ベッカム様よりもこの人、10番を背負ったドノヴァンが浮かぶ。見たところストライカーというよりは、2列目のセカンド(シャドー)ストライカーといったプレースタイルなのだが、懐が深くてしっかりボールをキープできる。この人がいるからこそベッカムが生きる、といった観あり。もっとも、スタンドのファンはみんな23番ばかりで、10番をつけた人には全然出会わなかった気がする。かわいそうに。サッカー雑誌風に評価すると、この人も10点満点で7.5、交代でベンチに下がるときの総立ちの拍手が何よりの勲章であろう。
�チケット
今回はセミナーの参加に伴う招待券であったが、正規のチケット価格はゴール裏で1枚$36(訳3,750円)、ChivasUSAの試合($14)や大阪長居スタジアム(前売¥1,500)の倍以上である。ベッカム獲得資金は相当の重荷を課すということか。もちろんゴール裏でこれなのだから、メインスタンドなんぞは推して知るべしといったところ。
�スタジアム
サッカー専用スタジアムなので見やすいのは良かった。幸運にも4ゴール全てが近くのサイドだったし、出口に近い最上段(とはいっても26段目)で通路側という非常に観やすく楽しみやすいロケーションも良し。残念なのは駐車料金($15)、車の入場門から延々と迂回して駐車場にたどり着いたころには選手入場→米国国歌斉唱→花火というセレモニーが始まっていて、結局席に着いたのは前半10分前だった。帰りも駐車場内の渋滞が酷く、構内を出るまで延々と待たせるストレスを考えると$15はいただけない。
�演出
演出については、4月に観たChivasUSAの試合ほど酷くはなかったが、ビジョンを利用しての試合中の広告宣伝や抽選当選者発表は興ざめであった。大型ビジョンには選手名が一人も出ないため、誰が出ているのかさっぱり分からない。日本ではJ2でさえ出来ていることなのだが。なお、MLBでも守備位置と背番号しか出ないところが多い。唯一感心したのは、場内放送で誰にイエローカードが出たのかを教えてくれたこと。"Yellow card was issued by referee to(選手名)、(時間)"というアナウンスだったが、「(カードを)出す」に対応する動詞は"issue(発行する)"ということを学んだ。
ちなみに、これまでに最もいい演出だと思ったのは99年秋に見た横浜Fマリノスの主催試合。どの選手にイエローカードが出たかが電光掲示板の名前の横に黄色いマークで記されていた。
�観客
観客数は24,000人台(収容キャパは27,000)。ChivasUSAの倍以上。これだけ入ると歓声もブーイングもそれなりに迫力を感じる。観客も、若干名ではあるがウェーブを起こそうとする輩が居たり(注意する人も居ない)して、アメリカ人の特性かとは思うのだがもう少し自重して欲しいものである。
サポーターは3グループほどがばらばらに応援。一番大きなところでもセレッソ大阪より少ない。一度浦和レッズを招いてミニカップ戦でもやって、喝を入れてもらうべし。
まあそんなところか。
この日はホームチームの逆転勝ちで、駆け上がってくるベッカムが近くに見えることもあり、非常に面白い内容で嫁も喜んでくれたので私は非常に満足であった。
(おまけ)
翌日のLos Angeles Timesを読んでみたら、「ドノヴァンの同点PK奪取のシーンはシミュレーションで、さらに逆転ゴールのアシストパスはオフサイドだったが、両方とも審判に助けられたようだ」とのこと。ホームの力か。
5月22日(木)午後、JBAというLAの日本人商工会議所のようなところのセミナー(社会見学?)で、MLS(サッカー)のLAGalaxyのホームスタジアム”Home Depot Center”に行ってきた。USAの代表戦とLAにあるもうひとつのクラブChivasUSAの試合で来たことはあったが、Galaxy、しかも空人のスタジアムは初めてで、非常に新鮮な経験であった。
まずはピッチを見下ろすバーで、元USA代表の主将(DF)にして、現GalaxyのGMであるAlexi Lalas(ララス)氏と、オランダ代表として世界に名を轟かせ、現在はGalaxyの監督であるRuut Gullit(グーリット、フリット)氏が1時間ほど講演and質疑応答。
海外サッカーには詳しくない私であるが、二人がどれほどの選手か分かっているつもりなのでここは是非質問しておきたいと挙手して、拙くかつド緊張の英語で質問してみた(通訳さんもいたんだけど、ここは直で話をしたかったのである)。
「ヨーロッパのサッカーや日本のサッカーを見てきたが、観客はみんなサッカーに集中していてまっすぐにゲームに見入っている。アメリカのサッカーというか、アメリカ人の気質として、『楽しむ』ということに重きを置いているようで、試合を見ずにウェーブを起こそうとしたり、主催側も試合中に電光掲示板に広告メッセージを出したりしていて、試合に集中できる環境を作っていないような気がする。アメリカにはアメリカの楽しみ方があって、そこはジレンマなのだろうが、今後、ヨーロッパ的な雰囲気を目指していくのか、それともアメリカ人の気質に合わせていくのか、そのあたりを教えてほしい。」
という内容の質問をしてみた。
GMのLalas氏が中心に答えてくれたが、確かにその通りであるとした上で、MLSが途上期であり、初期段階においては他のスポーツとの兼ね合いの中で多くのお客さんに足を運んでもらうためには仕方がないと考える。しかし、そうやって来てくれたお客さんにサッカー観戦の楽しさを感じてもらって、みんながゲームに集中していく雰囲気を作りたいと思っていると語ってくれた。要はバランスである、ということである。
Gullit氏は、ただひたすら魅力的な試合を見せることに集中し、Lalas氏のスタッフサイドとバランスを取っていくのだと説明してくれた。
なるほど。Jリーグもそういう道をたどって来たもんなー、Vゴール(引き分けのないルール)とか。アメリカ人のためのサッカーなのだから、どういう道をたどっていくのかは私がClaimすべきことなのではないだろうけど、MLSがもっと盛り上がることを願うのみである。
その後、両名のサイン会、スタジアムツアーを楽しんだ後、2時間程度で解散。お土産に翌々日のKansasCity戦のペアチケットをもらったので、家族と行くことに。
(前回の続きです)
飛行機が高度を下げると、眼下にどこまでも広い町が見えた。どっちの方角からLAX(ロサンゼルス国際空港)に向かっているのかもわからない(正解:東方から)のだが、とにかく着いて、やたらと長いImmigrationのチェックを抜けると、会社の先輩駐在員であるKさんが迎えに来てくれていた。どんな観光ガイドブックにも載っていなかった、曇天から雨の落ちてきそうなロサンゼルス・・・ちょっと話が違うんちゃうの?
SUV車に乗って、高速を走る。FW105という高速を10分ほど東に走って、今では私の通勤経路であるFW110という高速に入る。その高速間のランプは地上5階建てぐらいの高さで弧を描くのだが、その瞬間が私とロサンゼルスの初対面の瞬間だった。
私の視界に見えたのは、ただだだっぴろいロサンゼルスの町。手前に大きく広がっているのはサウスセントラル(いつぞやの暴動の舞台になった、治安の悪いと言われている地域)、そしてその向こうに10本程度の高層ビルが並んでいる。大阪、奈良方面の人のために例えてみると、
「石切・枚岡付近(現在地)から東大阪(サウスセントラル)の向こうに京橋OBPのビル群(ダウンタウン)を望む」
という表現がまさに似つかわしい。曇天の下に怪しく突き出るビル、そしてごちゃごちゃした低層住宅の敷き詰められた平野、それが私のFirst Impressionであった。
車はダウンタウンを抜けてリトルトーキョーに到着し、私は仮宿のホテルで荷物を降ろして背広に着替え、待っていてくれた上司に挨拶に行った。ノースウエスト航空の出発遅延のせいで、Welcome Lunchの予定がDinnerになってしまっていた、そんな4月8日(現地時間)であった。
以上、ここまで回想。
文章では書ききれないほど、いろんなことを思って暮らした2日間だった。そしていま、私はあれから1年を経る事になった。どれだけ成長したのか、そしてどれだけ成長していないのか計るモノサシがないので私はなんともいえないのだが、少なくとも
「外国に1年も暮らせば、英語ぺらぺらで帰ってくるんちゃうの?」
というプロトタイプ思考のアナタ、それは大きな間違いです。私は英語が、とくに聞き取りは1年前と全然進歩していません〜(涙)。会議とか途中で嫌になってくることもあるもんね。
はじめに、最近妻子が日本に帰っていると書いたが、それ以降のストレスのたまり具合がハンパない。何がストレスなのかというと、自分が鎧を脱いで過ごせる場所が皆無である、ということである。私は日本では数は比較的多いのか少ないのかわからないけれど、非常に素敵な友人に恵まれた。
彼らに共通することは
「長い付き合いなのに、利害関係が一切ない」
ということである。何を話しても、何を愚痴ってもすべては話が完結してしまうし、重ねた歴史を振り返っていくだけで、いろんな時代の自分たちに戻ることができる。それは会社の中でも然りで、同期、およびプラスマイナス数年代の人たちとの関係は、きっと「妙な気を使わずに言いたいことを言い合える場所を提供しあう関係」なのだと思う。
いま、私が一番ほしいのは、そういう「鎧を脱げる場所」なのかもしれない
さて、先ほど「鎧を脱いで」という表現を使ったが、
「私は、果たして妻の前では鎧を脱いでいるのだろうか?」
という疑問が残る。
私が家事育児を怠けている等で、妻の虫の居所が悪いことが時々あるのだが、そういう時は私は会社にいるとき以上に緊張感を持って家にいること(=鎧を着ている)がある。
しかし、こうして家族を日本に返して一定期間暮らしてみて土日にひとりで家でボケーっとしている日々と比べてみたら、答えは自然と出てきたのである。
「家族で暮らすほうがリラックスできる」・・・これは間違いない事実でなのだ。
まあ、何はともれ、久々のブログは、1周年記念の回想録でした。わー、めっちゃひとりよがりやん。
12月以来・・・4ヶ月ぶりにブログを書く。理由はない。ネットワークの状態が悪かったり、関西ブログと現地プロバイダーの相性が悪かったりで、アクセスができない一時期もあったのだが、この4ヶ月は温暖なロサンゼルスにもかかわらず、いつものサボリグセにより冬眠していたという理由でほぼ間違いない。
2月の終わりから4月15日まで、妻子が日本に里帰りしているので私は久々に一人暮らしをしているのだが、人生で類を見ないほどさびしい生活をしている。私の住むトーランスという町にはかなり多くの日本人が住んでいて、自分からアクションを起こせば日本人・アメリカ人・その他を問わずにそれなりにネットワークが築けるのであろうが、会社の拘束時間が結構長いのをいいことにそれを怠っている私は、自業自得とも言うべきか。
この場に及んで、やはり妻子の存在は大きいねんな、と思っている。昨年、妻子が合流するまでの5ヶ月は特に寂しく思うことは少なかったのだが、いざ一緒に暮らしてみると、どんなに怒られても気分を害されても(時々「これ、やつあたりやろ!!」と思うこともあるが)、結局家族が最も頼りになる存在なのである。3年前の自分にこんなこと言ったら「アホかいな」で片付けられてしまうこと必定なのだが。
さて、私がこのロサンゼルスにやってきて1年になろうとしている。昨年の4月7日土曜日、早めのお昼ご飯を食べ、妻子に「いってきます」と言って家を出て(見送りは私のほうから遠慮した)、近鉄電車で京都に行って、新幹線に乗り換えて東京に行った。まだ娘は辛うじて寝返りを始めたころのことだ。
いつもの常宿である都ホテル東京は満室だったので、愛宕にある新橋愛宕山東急インで荷を解き、渋谷に行って学生時代の友人と飲み明かす。明かす、と書いたがまさに読んで字のごとくで、飲み屋を出てからも小雨の中を
→カラオケ屋ではしゃぐ
→アジアンバーみたいなところでまったり飲み
→夜明けのマクドで始発待ち
と進んで、ホテルに朝帰りをした。時差ぼけを防ぐために、生活リズムを変えておこうというのが名義で、本音は一人で夜を過ごすのが寂しかったからだと思う。3時間ほど寝てから起きて、妻子に電話して、チェックアウトした後は飛行機まで時間があったので靖国神社に行って桜を鑑賞した。
時間になったので市ヶ谷の駅で成田エクスプレスのチケットを買おうとしたらなんと全席全列車売り切れ、ということであわてて総武線の車内でiモード(懐かしいな〜)で検索してみたところ、京成に乗り換えたほうが早いということで船橋で降りて京成船橋駅へ。京成特急に乗って田舎(失礼)をずんずん進み、搭乗予定のノースウエスト便の離陸2時間前に辛うじて到着!と思ったら、備品遅れにつき出発遅延、という表示で、17時前のはずのフライトが結局20時ごろになってしまったのを覚えている。
飛行機に乗って、そんなこと思うはずないと思っていたのに陸地の夜景が消えていくのを目にするとご多分に漏れず(?)妙に感傷的になったりするわけで、これは海外旅行ちゃうねんなー、と再確認した次第。
この日は4月8日の日曜日。
「京都駅のマツモトキヨシで常備薬を買ったことや、アバンティ(商業ビル)のブックセンターで時間をつぶしたこと」
「JR総武線にはその日フクアリで行われるジェフ千葉戦に向かう横浜FCのサポーターが乗っていて、底儚くうらやましく思ったこと」
「平和な日曜に、買い物客でごった返す船橋駅前商店街を大きな旅行鞄をゴロゴロ押して小走りで駆けていったこと」
なんだかどうでもええことやねんけど、その日に見たこと、聞いたこと、感じたこと、
そのすべてが今でも鮮やか過ぎぎると言う事実が、この出発は特別なものやったんな、ということを教えてくれる。
なんだか長くなってきたので、ぐだぐだ話の続きは次のエントリーで。
先月はこのブログでもJリーグの話ばかりしていたが、そのリーグ戦も終了し、ご存知の通りJ1は鹿島が最終節の大逆転で浦和を抜き去り優勝した。まさか浦和があそこから大失速するとは思わなんだが、横浜FC戦(日曜早暁の録画中継で観戦)を観ていて、前半が終わった段階で、「あ、これはだめかも」と思わせるようなムードであり、つくづくサッカーの奥深さを味わったものである。浦和ファンではないものの、鹿島は嫌い(特にあのサポーター集団が嫌い)なので浦和の優勝を願っていただけに残念だ。
ところで、最終節に逆転V免、というと思い出すのが2005年12月3日の某在阪クラブである。最後の最後のロスタイムの被弾で優勝から転がり落ちてしまった(なんと5位!)このセレッソ大阪というクラブは翌年の最終節で見事にJ2に降格、そして今春の段階ではJ2の最下位にまで落ちてしまったのである。(っつーことは、十数ヶ月のあいだにJリーグのトップからどん底までを一気に駆け落ちたわけだ。さすがは“ジェットコースタークラブ”である。)
そのセレッソ大阪は、クルピ監督の下必死の追い上げを見せたが力及ばず、最終節前の11月25日の水戸戦に破れたことで3位(入替戦)圏内の権利を失ってしまった。「開幕戦から3連敗」と並んで3年連続続いていたセレッソ名物「最終節は大一番!」のジンクスを待たずして終戦になってしまった。
私はそれをテレビジャパンで放送していた「サンデースポーツ」で知った。ちなみにこの番組の放送時間は日曜朝、つまり日本時間では日曜深夜だから日本より数時間若干遅れての放送ということになる。京都サンガの試合の映像が流れ、その最後に「この勝利(京都1−0仙台)で京都は3位以内を確定しました。」というナレーションを聴いた瞬間が私の終戦の時であった。逆転昇格を信じていただけにショックだったけど、あいにく我々セレサポはそういう経験が豊富である。サッカーは、スポーツはそういうもんだということをみんな良く分かっていて、それを消化するだけの容量を持ちえていたりする。
このときふと思い出したのは、2002年のW杯の各大陸予選をレポートした「さんまの天国と地獄」という番組(フジテレビ系)でやっていた、アイルランド、スペインの後塵を拝して出場権を逃してしまったオランダのFW、パトリック・クライファートのインタビューである。
「どうしてオランダはワールドカップに出られなかったのですか?」
「勝ち点が足りなかったんだ」自嘲気味の笑み。
「では、どうして勝ち点が足りなかったのですか?」
「勝ち点は、試合に勝たないと貰えないんだよ・・・」子供のような悲しい眼。
クライファートといえば、酒場に居る用心棒のようなマッチョかつイカツイ黒人で、そんな彼が悲しそうな眼で切なく語るのを見て、私は現実というものを実感した。
そう、セレッソも勝ち点が足りなかったという厳然たる事実。今年も、去年(降格)も、一昨年(V免)も。そこにあるのは事実だけ。感情論むき出しに「かわいそう」といってみたところで始まらない。星勘定がすべてを支配する、“感情論”より“勘定論”が優先する世界・・・それゆえにスポーツは面白いのだと思う。
最後に、ことしのオフシーズンの最大の注目点を。
セレッソはエース古橋達弥を引き止めることができるのだろうか?短いサッカー選手人生だから、J1に移籍して代表を目指す(彼なら可能だ!)というのもひとつの考え方であり、残留を懇願する私も彼の意思がそうであれば、笑って送り出してあげなきゃな、と思っている。
11月15日(木)
嫁がトーランスのDMVというところ(日本で言う教習所にあたるオフィス)で運転免許試験を受けるので同伴する(免許保持者が要同伴)。
アメリカでは日本のように学校に行く必要がなくて、筆記試験受けて受かれば仮免。で、免許保有者と一緒に勝手に練習走行して、運転試験で受かったら免許交付。ストレートに行けば$20ぐらいで免許が取れたりする。
練習では非常に危うい運転を繰り返していた嫁だが、筆記に続いて一発合格。なんと勝負強いやつだ。ちなみに、私と嫁の戦績は以下のとおり。
<筆記>択一36問中30問で合格。1日3回まで受験可。
・俺:1回目、2回目は29問で不合格、3回目でかろうじて合格、しかも30問。
・嫁:余裕の一発クリア(ただし日本語の問題で受験)
<実技>
・俺:1回目は緊張のあまり対向車線を走り(!)不合格、2回目で合格
・嫁:あまり練習していなくても余裕の一発クリア
嫁がすごいのか、俺がアカンのかはわからんが、とにかく明暗くっきりであった。
11月22日(木)
この日はThanksGivingDayという休日なので会社は休み。ちなみにこの日は日本時間で23日の勤労感謝の日ということで、海を挟んで向こうでも感謝(Thanks)の日の模様。
嫁のお姉さんが昔ホームステイしていたホストファミリーがサンディエゴの手前に住んでいて、サンクスギビングランチに呼んでいただいたのである。フリーウェーを車で2時間弱程度かっ飛ばして、七面鳥やらかぼちゃパイなどをたらふく詰め込んで帰る。ランチはおいしかったし、行きに立ち寄ったダナポイントの景色も非常によかった。
でも、車中でモー娘。の昔のベストアルバム聞きながら嫁と「あのころは良かった」論を延々としていた記憶のほうが鮮明やなー。
11月24日(土)
先月のことであるが、mixiを通して小学校時代のクラスメートがコンタクトしてきて、しかも彼もLAに住んでいるという。しかも、私の家と同じ通りで、車で3分以内の距離。何たる偶然、ということで彼と奥様に家に来てもらって今年初の鍋をつついた。昔のことなんて、覚えていないことも多かったけど、こうして顔を合わせているとあれこれと浮かび上がってくることもあるんやなー、不思議やなー、とつくづく思う。
霧の夜。
サンフランシスコの霧、はよく聞くけど、ロサンゼルスに霧なんて想像したこともなかった。
深夜0時。それまで窓のない部屋でずっと仕事をしていて、会社の地下駐車場を出ると妙に白っぽい景色が。何か事故でもあったのかなあ、なんて思って車を走らせているとどうやらこれは濃霧である模様が判ってきた。
交差点の向こうから来る車の姿が見えづらく、高層ビルも暗い途中の階をすっ飛ばして最上階の電飾だけがうっすらと輝いている不思議な空間。ロサンゼルスといえば雲ひとつない晴れた空が似合う町なので、そのギャップが際立つのはなおさらか。
深夜で車も少ないフリーウェーを走ると、なんだかこの道は自分ひとりだけをどこか知らない世界に誘っているように思える。それでいてなにか心地よい気がするのは何故だろうか。
白い空気がどんどん流れていく。吹雪の吹きすさぶ雪道を走っているような気分で、高揚したような寂しいような、そんな深夜のこと。うまく文章に出来なくて、ブログのエントリーとしてはいかがなものかと思うのだが、まあこの程度の文章力しか持ちえない、ただそれだけなのだから仕方がない。
ただ書きたかったのは、LAにも霧が出ることがあって、結構幻想的なものだ、ということだけです。すんまへん。
ACL決勝続き。
それにしても相変わらず救いようのないのは、日本代表戦でも散々聞かされた「実況・角澤照治+解説・松木安太郎」の史上最悪コンビ。テレ朝は全国のサッカーファンに対して嫌がらせでもするかのようにこの一戦にぶつけてきた・・・予想通りであるが。
「浦和レッズのファンのべた褒め」「わけのわからん精神論」「『絶対に負けられない』などの決め台詞の連呼」「基本的な選手名のミス:前半いきなりシュートの選手名(長谷部をポンテと叫ぶ)とか間違えた」などなど枚挙にいとまなし。
テレ朝は「ワールドプロレスリング」(新日本プロレス中継)を通してスポーツアナを育成してきた経緯があり、その影響を受けて育ったアナがスポーツ一般を担当する。プロレスは演出してナンボの世界であるから(これは正しい!)どんどん絶叫して視聴者を感情系の世界に導いていただいて結構なのだが、これをサッカーの世界に持ち込んでいただいては困る。
NHKで絶大な人気を誇った山本浩アナ(現NHK解説委員)が「面白い試合はそのままでも面白い試合で、そうではない試合はそうにしかならない」というニュアンスのことを言っていたのを覚えているが、その通りで、アナウンサーの力によって試合を“演出”することを私は好まない。凡戦に“絶対に負けられない!”と連呼してみたところでそれは空しく響くに過ぎない。
テレビ局の論理である「高い放送権料を払って製作している以上、『我々のスパイスで調理』して高い視聴率の取れるコンテンツに『仕立て上げたい』」というのも分からなくないのだが、それは普段スポーツを見ないお茶の間の野次馬に対しては効果があってもスポーツに対して真摯に向き合おうとする視聴者に対しては余分に過ぎない。副音声として「実況解説なし」といったコンテンツを用意していただけないものだろうか。
それにしても、こんだけ絶叫してレッズを応援するんやったら、普段のJリーグ中継せいよ!美味しいところ(ACL決勝)だけ食べに来て、TV局の論理で食い散らかして行くなって!
なんか、最近のスポーツ中継を見るにつけこのようなことを思って、いつもブログに書いていたのだが、よくよく考えるとその「しつこさ」こそ、実は角澤アナに通じるものがあるのではないかと思ってしまう・・・逆説的なものである。
さ、もうすぐ後半20分。これから角澤・松木がますます喧しくなる時間帯だ。心してかからねば・・・ということで埼スタに戻ります。